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リレー小説「僕⇒俺⇒私⇒そしてボク」


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// 僕⇒俺⇒私⇒そしてボク 第七話
//
// 執筆者 たつにい
//


 スカートの裾を摘まんで、うつむく少女の瞳から、
きめ細かい肌の頬を伝わり、一粒の雫が零れ落ちる。

 8時38分。無限とも思える、たった数分の時間。

 少女はその綺麗な瞳からこぼれ出る何かを見せないよう
身を翻し、走りづらそうなハイヒールで駆け去っていった。

 僕のなかのボクは事実、全てを理解してしまった。




// ボク→僕・私


 気持ちの良い朝とはいえない、どんよりと薄暗い曇り空。
しだいにポツリ、ポツリと、空からも雫が滴り落ちてくる。


 僕は、わかっていて目をそむけたんだと思う。
ボクには痛いほど分かった。風香さんの気持ちが。

 自分に置き換えて考えれば一目瞭然だ。

 例えばシンヤ君が一人暮らしをしていたとする。
僕が友人として遊びに行ったら、玄関から気まずそうな
シンヤ君が出て、その後にパジャマの女性が出てきたら……。


 僕は風香さんを弱虫な自分なんかより、
ずっと強い女性だと思っていたことをボクは知っている。

 僕と同い年の学生なのに、コネとはいえ働いていて、
事実としてお金という報酬を得ているし、自分磨きのため
陰ながら努力を継続しているのも、凄いことだと思う。


 でもボクには風香さんの心の奥底の本質が見えてしまう。


 美芳香織……。つい最近知った、彼女の本名。

 実は同じ学校の生徒で、学年も同じ。
なのに僕とボクは彼女の存在に気付けなかった。

 学校の彼女――カオリさんは僕やボクがよく知っている
風香さんとは、まるっきり違う印象の女子生徒だった。




// 僕→私


――少しだけ日時は数日前に戻る。


 シンヤ君が一目惚れしたという女子の名前は
美芳香織(みよしかおり)と言うらしい。

 僕の心を、悪気は無く、しかし深く抉りながら
シンヤ君は色々と情報提供してくれた。

 気にならない訳がない。

 たとえ諦めているとはいえ、僕はシンヤ君が好きだ。
そのシンヤ君にふさわしい女性なのか確かめたい。


 ……いや、違う。本音を言えば悔しい。


 シンヤ君に恋人ができれば、単なる友人である
僕なんて、いずれ見向きもされなくなるだろう。

 そんなのイヤだ。切ない。寂しい。……怖い。

 自分勝手でワガママな醜い嫉妬心。
でも、所詮はそれが僕の心の本音だ。


 僕は女性の恐ろしい一面を知っている。

 小沢恋亜魅(おざわこあみ)という、
昔、隣に住んでいた、一つ年下の女の子。

 彼女は、僕の前でのみ、自分のワガママを通すため
どんなことでも躊躇も遠慮もなしにやらかしてきた。

 その中でも、もっとも酷かったのは……。


『言うことを聞かないと、この子猫を殺すよ』


 左手で子猫の首根っこをつまみ上げ、
右手には台所から持ち出したであろう包丁を持ち、
僕にそんな脅しの言葉をかけてきたことだ。

 そんなこと出来る訳、無いと思った。
だから僕は、言うことを聞かなかった。

 ……結果、一匹の子猫が無残に惨殺された。
小沢さんは恍惚とした表情で子猫の頭を締め上げ、
何度も何度も包丁を突き刺し、歓喜していた。


『アンタのせいで可愛い子猫ちゃんが死んじゃった〜♪
 アンタ最低ね。人間のクズね。アンタも死ねば?』


 世の中にはそんな女性も居るのだと、僕の心の奥底で
トラウマとなって、今でも女性を疑ってしまう事がある。

 小沢さんみたいな女の子が、そうそう居るとは
思えないが、それでもシンヤ君が心配で仕方がない。

 その気持ちは嫉妬心のほかに、確かに僕の中にあった。

 だから、その気持ちを建前にして、美芳香織という
シンヤ君が本気で惚れた女の子を見に図書室へと向かった。

 勿論、シンヤ君が委員の仕事をしていないときを狙って。
コソコソと影で動く自分を軽く自己嫌悪しながらも……。


 僕は頭の回転こそ、それほど早くないけど、
物事や会話の内容を覚えておくのは苦手じゃない。

 裁縫関連の本を頻繁に借りにきて、おさげの黒髪で、
肌が白くて綺麗で、長い髪の毛から、いい香りがする。

 シンヤ君が委員の仕事をしていないときを見計らい
何食わぬ顔で図書室に通いつめていれば、きっと会える。

 会うというよりは、こっそり様子を伺うだけだろうけど。

 とはいえ僕は頻繁に図書室へ通っていたわけではない。
むしろ自主的に行くことなど、ほどんど無かった。

 だから最初に行うことは、裁縫関係の本が
置かれているコーナーを探すところからだ。

 図書室に入ると、チラホラと生徒が数名いた。

 みんなおとなしそうな人たちで、
気配はあるのにあたりは静まり返っている。

 テーブルでシャープペンシルを走らせている音や
生徒がゆっくり歩く足音、壁にかけられた時計の音が
かすかにだが耳に届いてくる程度だ。

 僕はこっそり携帯電話をマナーモードに設定した。

 とりあえず本棚がずらっと並んだ方に向かい、
目線にある本の背表紙を見て周った。

 すぐに自分の無計画さを思い知った。

 流石に知識が無くても裁縫関係の本がある
コーナーを見つけるくらいはできるかと思った。

 でも、うちの図書館の蔵書数は結構多いみたいで、
なかなか見つけられず、いろんな本棚を凝視しながら
うろうろと徘徊してしまっていた。

 それにそもそも裁縫関係の専門用語なんて知らないので
わかりやすく『裁縫入門』などというタイトルの本を
探して周ってみるも、一向に見つかる気配がない。

「――どんな本をお探しですか?」

 既に当初の目的を忘れ、本棚にある背表紙の
羅列を凝視していたら、横から話しかけられた。

 とても澄んだ綺麗な少女の声に振り向くと、
ふわりと淡い香りがして、温和な笑みがあった。

 その女子生徒を見た瞬間、この子なのだろうと確信した。

 僕と同じように前髪で顔を隠すようなヘアスタイルで
後ろ髪のほうは、長く綺麗な黒髪をお下げにしている。

 前髪のせいで目元はよく見えないが、唇は桜色、
素肌は白く、きめ細かく、素直に美しいと思った。

 パッと見た感じは地味なのだろうけど、本質を見抜けば、
この女子生徒がものすごい美少女であることを理解できる。

 思春期なのにニキビもシミもない、すっぴんの白い肌。
そして制服だと分かり難いが何気に出るところも出ている。

 地味な髪型ではあるが、その長い黒髪は最高ランク。

 あの風香さんにも引けを取らない程に、
その長く綺麗な黒髪は、手入れが行き届いていた。

 むしろ目の前の女子生徒の髪の毛から
ふわりと香るトリートメントの香りは……。

(これ風香さんと同じ、高級トリートメントの……)

 直接聞いたことはないが、風香さんは自分磨きに
手間も時間もお金もかけて、努力を怠らない。

 そんな風香さんは、あのサラつやな黒髪ロングを
維持するため、かなり高級なトリートメントを使っている。

 風香さんは学生とは思えないくらい、金銭的な余裕がある。

 どのくらいの値段なのかは分からないが、その風香さんが
愛用している高級トリートメントはさぞかし高額なのだろう。

 それを目の前の女子生徒も使用している。
どこぞのお嬢様なのだろうか?

 よく見れば、普通に立っているだけなのに、
どことなく品のよさを感じられる。

 それに……。

 おそらく周りから見れば、さっきまでの僕は
探している本が見つからず、困っているように見えただろう。

 その様子を見かねて、声をかけてくれた。
しかも「探すのを手伝いますよ」的な流れの言葉で。


(まいったな……たぶん僕じゃ、この人に敵わない……)


 シンヤ君は、その人の内面や本質を重視して
交友関係を築いたり、好きになっていく人だ。

 そんなシンヤ君なら、間違いなくこういった
本質的に綺麗な女性を好きになるのが当然だ。

 そもそも僕は男だ。勝負の土台が違っている。

「私の顔に、何かついてますか?」

 女子生徒の問いかけに答えずに思考していたので
少し笑み混じりに、優しく話しかけられた。

「あ、ごめんなさい。つい考え事してしまって」

「いえいえ。大丈夫ですので、お気になさらず」

 話し方、心配りや気遣いにも品のよさを感じる。

「あ、ちょっと失礼しますね」

 そう言うと女子生徒は携帯電話を取り出し、
ポチポチと操作をし始めた。

 あらかじめマナーモードに設定しているらしく、
操作音はせずに、細い指でポチポチとボタンを押す
小さな音だけが鳴る。メールを打っているようだ。

 早々にメールを打ち終えて携帯電話を閉じたかと思うと
今度はポケットに入れていた僕の携帯電話が振動した。

「ごめんなさい。僕も……」

 携帯電話を見るとメールを受信したようだ。
送信者は風香さんからで、件名は無し。内容は……。


『まだ気付かない?』


 ――その一言だけ。

「えっ!」

 驚いて声を上げそうになる僕をたしなめるように、
目の前の女子生徒は自分の口元に人差し指を立てた。

「風香さん……なの?」

 その言葉に、目の前の女子生徒は微笑みながら頷く。
そして、前髪を手ぐしでかき上げ、整えはじめた。

 すると風香さんの、整った瞳と眉が、あらわになる。

 普段、風香さんは薄化粧をしている。
でも、目の前の風香さんはすっぴんだった。

 風香さん本来の素肌は十分に綺麗だった。
それこそ、化粧なんてする必要がないほどまでに。

「ちゃんとマナーモードにしてあるんだ。
 流石リョウくんだね」

 さっきまで声色まで故意に変えていたらしい。
今度は聞きなれた、風香さんの凛とした声で話しかけてくる。

(風香さんって、すっぴんの方が僕好みかも……)

 ――って、僕は今、何を考えてた?

 突然の出来事と僕の謎の心境にしどろもどろになる。

「それで、どんな本を探してたの? 私は結構、
 ここの図書室使うから、本を見つけるの得意だよ」

 でも、確認しておくことが一つあった。

「風香さん、一つだけ聞いてもいいかな?」

「うん。何? 身長体重スリーサイズ、好きなタイプや
 あんなことやこんなことまで、何だって答えちゃうよ」

 小声でしゃべっているのにテンションは高いみたいだ。
その方が聞きやすいため、僕はかまわずに聞いてみた。

「風香さんの本名って、なんて言うの?」

 そう……。

 僕はこれまで、一定の距離を保って風香さんと接してきた。

 深く詮索せず、風香さんが自分から話したことだけを聞き、
僕から風香さんのことを聞くことは、ほとんど無かった。

 そのため、風香さんの本名すら知らなかった。


「……うん。実はその言葉、ずっと待ってた。
 私はカオリ――美芳香織。リョウくんと学年も一緒だよ」




// 俺⇒私


――まだ日時は数日前のこと。


「そんで、オレに頼りにきたと。こりゃまたムチャ振りだな」

「そんなこと言わずにさ! 山北パソコン得意だろ?
 俺、パソコン全然わかんねーし……頼むよ。なっ」

 こないだのコスイベにて見かけた黒髪テアのレイヤー。
思えば俺は彼女のハンドルネームすら知らなかった。

 ファンたるもの、それくらいは知っておきたかった。

 でも姉ちゃんに頼るのもアレだし、パソコン使えば
調べられそうな気がするんだけど、使い方わからないから
クラスは違うが割と仲の良い友人である山北を頼った。

「まぁ海堂の頼みだ。オレにやれるだけの事はやってみるさ」

 山北は、事前に先生に許可を取っていたのか、
パソコンルームをカギで開けて、パソコンを立ち上げた。

 パソコンが起動するまでの間、俺は山北に例のコスイベの
日時や時間、会場の場所、テアのコスプレイヤーの特徴等、
さまざまな問答を受けた。

 パソコンが使えるようになるや、山北はものすごい
タイピング速度でパソコンを操作し、そのたび画面に
いろいろなウィンドウが立ち上がっては消えていく。

「コイツだな。どうやらそのイベントに参加してたカメコが
 自分の取った写真をブログにアップロードしてたみたいだ」

 山北が、いろいろなコスプレ写真が貼ってあるブログを
マウスホイールでゆっくりスクロールしながら俺に見せる。

「山北、ストップ!」

「おう、コイツか。……ハンドルネームは風香。
 このあたりの地域では、それなりに名も知れてる、か」

 あの超絶美人の黒髪テアのレイヤーの写真の下には
「黒髪テアな風香たんもカワユスww」と書かれてある。

「ん? コイツは……いや、まだソースが足りんな」

 山北は何かに気が付いたのか、風香さんの写真を保存して、
またパソコンをものすごい速度で操作しはじめた。

 画面が目まぐるしく変化し、そのたびに風香さんの写真を
見つけては右クリックし、画像を保存していった。

 右クリック禁止されていてもキーボード右上のボタンを
押すとペイントソフトで、ブログごと一つの画像になり、
風香さんの写真の部分だけを切り出して保存していった。

 最終的には、いくつもの風香さんの写真をビューアで
何度も切り替えながら、吟味していた。

「やっぱり……この風香ってコスプレイヤー。
 間違いなく、ウチのクラスの美芳だ」

「っ! 山北、今なんて言ったっ!?」

「ああ、オレんところのクラスに美芳香織って女子が
 いるんだけど、ソイツとこの風香が同一人物って訳よ」

 そう言うと山北はパソコンを操作し、学生名簿を
見せてくれた。そう、香織さんの個人情報を……。

 顔写真付きで名前、住所、電話番号まで載っている。

「美芳はクラスメートだから既にプロファイル済みだったけど
 風香ってレイヤーをさまざまな角度から検証してみたんだ」

 別窓で風香さんの写真を見せながら山北は続けた。

「すると肌質、髪質、骨格、体格、姿勢のどれを取っても
 オレが知ってる美芳香織のプロファイルに一致したんよ。
 髪型や薄化粧で見事に変身しているけど、間違いないな」

「あ、一応ほかの人には言うなよ。学生名簿に関しては
 学校のデータベースにハッキングして見せてるからな」

 山北が何やら物騒なことを言っているが、
俺はそんな些細なこと、聞いちゃいなかった。

「あのテアのレイヤーが香織さん……」

 俺はこの時、確かに運命ってのを体感していた。




// ボク・僕→私


――そう、それは僕とボクが知ってる数日前の記憶。


 僕が風香さん……いや、カオリさんのことを聞いたとき、
カオリさんは心の底から嬉しそうだったのを覚えている。

 認めてもらえた……そう表現するのが妥当だろうか。


 カオリさんは薄化粧をする。そんな必要ないほどまで
十分すぎるほど、すっぴんの素肌で十分に綺麗なのに。

 カオリさんは女を磨く努力を怠らずに継続している。
既に十分すぎるほど、女性として魅力的なのに……。

 僕の中のボクは既に理解している。


 そう、カオリさんは「自信がなかった」のだ。


 おそらくカオリさんは多くの人に認められていると思う。
でも、それをカオリさん自身が感じていなかったのだ。

 カオリさんが欲しかったのは、たぶん温もり。
それも「僕」の温もりだと、ボクは理解できていた。

 僕はカオリさんに対して恋愛感情までは持っていない。

 でも大切な友人であることに、かわりはないし、
僕なりにカオリさんを認めていたつもりだった。

 僕の中にはボクがいたから、彼女の気持ちは知っていた。
でもカオリさんとの距離感が心地よくて鈍感なフリをしてた。


 カオリさんは自信がなかった。

 だから自信を持てるために努力した。
努力して、努力して、女を磨き続けた。

 でも、そこにゴールなんてものは無い。


 結局、誰かがカオリさんを心から認めてあげなければ
彼女の心の中にある漠然とした不安が消えることはない。

 僕は…………。


 さっきまでポツリポツリだった雨は、今やザァザァと
無数の大粒の雫をこぼしながら、どんよりと大泣きしている。

 ボクが後押しした。玄関の傘立てから
大きめの傘を抜き取り、僕は駆け出した。


 何をどうすればいいかなんて細かいことはわからない。

 でも……。


「友達が、女の子がこんな雨の中、傘も持たずに
 走って行ったんだ。普通なら追いかけるよね!」

 自分に言い聞かせながら、僕は持っている傘を
決して自分のためには開かずに、走って行った。

 僕は走るのなんて得意じゃない。
傘をさしたまま、のうのうと走っていたら見失ってしまう。


 この時だけは玄関の奥にいるはずの、もう一人の友達を
すっかり忘れて、ぎこちなくも雨の中を駆け抜けていった。




// 私→オレ


――そして、時が動き出したとき。


 私は訳もわからず走っていた。

 走って、走って……。どこまでも逃げていた。


 走るのは得意だ。ジョギングはウェイトコントロールの
基本だし、きちんと食べて運動で消費するのが理想的。

 そこまでわかってるからこそ、私は実行する。
ようは自主的にやらないから体重が増えるのだ。

 成長期の体に適切な栄養と運動。モデルやってる姉の
おかげで、女を磨くための知識ならいくらでも入ってくる。

 基礎知識があれば、あとは自分で本でも探して読めば
さらにいろいろな知識を身につけられる。

 知識を身につければ、さらに女を磨くために
何をすればいいのかがわかるから、それを実行すればいい。

 私は今まで、そうやって生きてきた。


「……どうして」


 ザァザァと容赦の無い雨が体中にじわりじわりと
染み込んできて、私の体温をどんどん奪っていく。

 すでに香水の香りは薄れ、たぶん顔の化粧も落ち、
むしろドロドロになっているかもしれない。


 誰も助けてくれない。それが世の中だ。

「なのに……どうして」


 走りづらいハイヒールでぎこちなく走る。

 普段使ってるジョギング用のランニングシューズなら、
スムーズに走れるのに、足がいうことを聞いてくれない。


「……どうして、よぅ」

 目頭が熱い。その点だけは、この雨に感謝している。


 本心はいつだって、厳重に隠している。
それが人間としての生き方だと、私は思っている。


 私はたぶん、みっともなく泣いている。
別に私は強くもなんともない、ただの女の子だ。

 頑張って、頑張って、女を磨けば、
堂々とリョウくんの隣を歩けると思った。

 でも、わけがわからない。
何も考えられない。感情が抑えられない。

 自分でも制御できない何かに追われるように
ただがむしゃらに走り、私は逃げ続けた。

 それがずっと続くかに思えた。しかし。


 ――グギリッ! と。
私が履いているハイヒールから鈍い音が響いた。


 途端に私はバランスを崩し、倒れそうになる。
わかってる。誰も助けてくれない。

 歯を食いしばって、硬いアスファルトに
打ち付けられる痛みに備えるしかない。


 しかし、いつぞやのデジャヴのように、誰かによって
お姫様でも抱えるかのような優しさで抱え込まれた。

「……美芳? 美芳だったのか。
 ってか、びしょ濡れじゃねぇか!
 このまんまじゃ風邪ひくぞ」

 先ほどまで容赦なしに私の体を打ち付けていた雨粒は
既に大きめの傘によって完璧にさえぎられていた。

 ふわりと甘い香水の香りがする。聞き覚えのある
男らしい低温の声。顔を見るとクラスメートだった。

「山北……くん?」

「あちゃー。ヒールがばっきり折れてるな。
 それ以前にさっさと美芳を着替えさせないとな」

 山北くんは折れた私のヒールを拾い、あたりに人が
いないのを確認してから、私をお姫様抱っこした。

 あまりにも自然にひょいっと持ち上げられたので
抵抗するタイミングも見失い、なすがままだ。

 無理な恰好で傘をさしているのに、なぜか私には
一粒たりとも雨が当たらないことが不思議だった。

 山北くんは私をお姫様抱っこしながら、小走りし
一分もしないうちに、近くの建物に入った。

 その玄関で私を降ろし、バッグからバスタオルを
取り出し、私の顔を隠すように、頭に被せる。

 そこからは、まるで私に付き添う執事のように
私を促しながら建物の奥に進んでいった。

「どうもー、お疲れ様っす。急な雨なのにウチの姫が
 不幸にもヒール折っちゃって、このとおりなんすよ。
 ちょっと楽屋とシャワー貸してもらっていいっすか?」

 山北くんは、ずいぶんと軽い頼み方で
道の途中にいた中年の男性に声をかけた。

「おお、ヤマくんか。そいつぁ災難だったねぇ。
 ウチでよければ好きなだけゆっくりしていきなぁ」

「あざーっす」

 よくわからないけど私は山北くんの姫らしい。
何も言葉を発しないほうが良さそうな気がした。

 そのまま山北くんに誘導され、楽屋らしき部屋で靴を脱ぎ
私はそのまま、奥のシャワー室まで連れて行かれた。

「とりあえず着替えはこっちで用意しとくから
 美芳はさっさとシャワーで体を暖めておきな」

 そういって山北くんはシャワー室の脱衣所の扉を閉めた。

 普通なら覗かれないか心配するところだが、なぜか私は
山北くんに対して、そんな疑いを微塵も感じなかった。

 躊躇もなしにぐっしょり濡れた服を脱ぎ捨て、
かごに入れる。水を吸った服は重かった。

 裸になると寒気を思い出し、私は早々にシャワーを浴びた。
その間、山北くんのことを思い出しながら。


 ――山北くん。

 クラスメートの中で私は浮いた存在だった。

 たぶん、山北くんがいなかったら私はクラスで
イジメにあっていた可能性だって否定できない。

 クラスメートのなかで唯一、地味な私の存在を認め、
そのまま受け入れてくれていた、恩人というべき人物。

 地味でおとなしいキャラを演じていた私の心の本音は
たいていの場合、彼が汲んで代弁してくれていた。

 誰一人として私に挨拶なんてしないと思ってたけど
彼だけはいつだって私に対しても挨拶をしてくれた。


 ――シャワーの温水が、冷えた私の体を温めてくれる。


 シャワーで十分に体を温め終えて、シャワー室から
上がると、脱衣所には、ふかふかのバスタオルと
ドライヤーとヘアアイロンが用意されていた。

 ありがたく使わせてもらい、髪と体を乾かした。

 その間に、脱衣所の隅に畳まれた着替えと、
私が肩から下げていたバッグがあるのを見つける。

 先日、靴を買った時、店員に勧められた防水スプレーが
バッグにも使えると知って、実際に使ってみたバッグは、
きちんと雨をしのいでくれたみたいで、中身は無事だった。

 でも、すぐに中身を確認できたのは、おそらく
山北くんがバッグの周りについていた水滴を
タオルか何かで、ふき取ってくれたからであろう。

 ちなみに、私がさっき脱ぎ捨てた服の上には濡れものを
持ち帰るに便利そうなナイロン製の袋が置いてあった。


 私は、自分のバッグから「もしもの時用」の
替えの下着を取り出して装着し、山北くんが用意した
綺麗に畳まれた着替えを広げてみた。

 まず最初にふわりとあたりに広がったのは、
女性モノの高級香水の微かな香りだった。

 先ほどの山北くんの香水とは明らかに違う香り。

 山北くんが使っていた香水は、おそらくだけど
男性用の「CKカルバンブラック」だと思う。

 薬局にでも行けば3000円くらいで買えるような
安物だけど「彼氏につけてもらいたい香水ナンバー1」と
何かの雑誌で取り上げられていたセンスの良い甘めの香水。

 それに比べて、この服から香ってきたのは、上品な
女性モノの、私ですら使うのに抵抗がある香水の香り。

 なんでそんな香水の香りを知っているのかというと、
モデルやってる姉が愛用してる香水と同じだったからだ。

 服を広げてみると、それこそまさしくブランド品だった。

 シンプルでカジュアルなスタイルだけど、気取らない感じは
着る人が魅力的であるほど、より引き立つ作りになってる。

 姉の着ていたブランド品をこっそり着てみたときの
ことを思い出しながら、私はブランド服に着替えた。


 濡れ服をナイロン製の袋に入れて、脱衣所の扉を開けると、
楽屋の椅子にすわり、読書をしている山北くんがいた。

 ちょうど、私が座りやすい席の向かいにいる。

「おう、あがったか。ココア飲む?」

 本を閉じ、自然なジェスチャーで向かいの席を勧める。
その席をよく見るとテーブルにマグカップが置いてあり
中には、あったかそうなココアが注がれていた。

 誘われるままに椅子へと座り、ココアを一口飲んだ。


 ……と、同時に自分が猫舌だったことを思い出す。


 つられて思わず普通に飲んでしまった。しかし、
舌も喉も焼けつくヒリヒリを感じることはなかった。

「あ、ひょっとしてぬるかった? わりぃ、
 いつもの癖で姫用の温度でお湯を沸かしてた」

 山北くんが分の悪い顔をしてるが、むしろ
私にとっても、このお湯の温度は適温だった。

 彼の言う「姫」が何者なのかは知らない。
でも、その姫はこんな美味しいココアをいつでも飲める
とてもうらやましい女性に違いないと感じてしまった。

 ココアってこんなにも上品で洗練された
風味と味わいになるのかと、思わず舌を疑った。

 それほどまでに、このココアは程よい温かさと
最高の美味しさを計算されつくされている。

「ううん、このココアすごく美味しい……」

「ん、そっか。なら良かった」

 山北くんが普段は見せないような笑顔を見せた。
作り笑顔なんかではない、心からの笑顔だと思う。

「ねぇ……、山北くんって何者なの?」

 私のこの何気ない質問で、場の空気が変わった気がした。

「……それ、答えたほうが、良い?」

 先ほどから山北くんの笑顔にかわりはないのに、
今の笑顔は、まるで鉄仮面のような作り笑顔に見える。

 たぶん、山北くんは答えてくれると思う。

 私は自分の事情を隠したままでいたいけど、
山北くんが何者なのか、知りたいと思った。

 でも、それはフェアじゃない。

「ごめん。今の質問は聞かなかったことにして」

 瞬時にして場の空気は元に戻った。


 私がココアを飲んでいる間、山北くんはテキパキと
ドライヤーやらヘアアイロンやらを片付けていた。

 私が飲み干したココアのマグカップも
サッと洗って片付けてしまう。

 そしてメモ用紙を取り出し、何かを書いた。

「その服は貸すから、都合のいい日にでも着払いで、
 このメモの住所にオレ宛てということで
 郵送してくれると助かる。別に、洗う必要も無いからな」

 そう言って住所の書かれたメモ用紙を渡され、
それを見た私は思わずふいてしまった。

「……悪かったな。どうせオレは字が汚ねぇよ」

 山北くんは学校でも割と何でもソツなくこなせる
はっきり言ってしまえば、すごく器用な男子だ。

 なのに渡されたメモは、彼なりに丁寧に書こうと
しているのはわかるし、読みやすい字ではあるけど
笑えるほどにメチャクチャへたくそな字だった。

「今のご時世、パソコンが使えりゃ、字なんか
 汚くたって、別に生活に困ることなんてねーし!」

 軽くいじけている山北くんはなんだか可愛かった。


 山北くんは自分のバッグからボーイッシュな帽子を
取り出し、私の髪の毛をササッとまとめて帽子をかぶせた。

 つばが広く深くて、ちょっとうつむけば顔が隠れる。

 さらにジャケットまで着させて、パッと見
誰だかわからないような変装をさせられた。

 あまりに自然に髪の毛をまとめたり、ジャケットを
着させたりするから、先ほどのようになすがままに
させられてしまっていた。

 たぶん、山北くんは相当、女の扱いに慣れてる気がする。

「さてと、じゃあそろそろ、おいとまするとしますか」

 先ほどのように、まるで私の執事であるかのように
道を促されながら歩いていると若い女性に呼び止められた。

「あ、あの……大ファンなんですっ! サインください!」

 え? サイン? 帽子かぶって変装している私に?

「お嬢さん。この恰好見てわかるとおり、今はオフです。
 ここのスタッフなら、オレの言ってる意味、分かるよね」

「うっ……ごめんなさい、です……」

「でもまぁ、ファンを無下にするのも良くないし、
 握手するくらいならオレは容認しておくけど……」

 そういって山北くんは私に目くばせする。

「本当ですか! ぜひとも握手したいですー」

 女性があまりにもキラキラ目線を贈るものだから
私は右手を差し出して握手をすることにした。

 その私の右手を両手で大事そうにつかみ、
じんわりと感動しながら女性はトリップしていた。

「うわぁー。本当に握手してもらえるなんて夢のようです!
 これからもずっと応援してますので頑張ってくださいっ!」


 おそらく、私は山北くんの言う「姫」ということで
ここのシャワーを使わせてもらえたのだと思う。

 サインや握手まで要求されると、更に
気になるけど、私は気にしないことにした。

 きっと山北くんは、私には及ばない世界で
生きているのだと思う。知る必要もないと思う。

 建物を出た後、すぐ近くのコンビニまで傘に入れてもらい
そこのコンビニで傘を買った後は、あっさりと別れた。

 別に山北くんは私の彼氏でも何でもない、
単なるクラスメートに過ぎない。

 山北くんも、それ以上、世話を焼く必要を
感じなかったのか、あっさりと去って行った。

 だから何事もなかったかのように、私も家に帰る。

 自宅の玄関でハイヒールを脱いだ時、
はじめて私は、折れてしまったはずのハイヒールが
綺麗に直っていたことに気が付くことができた。




// 俺→僕


「ハラ、減ったな……」

 この部屋の主であるリョウは、重く閉じた
玄関のドアから、一向に戻ってくる気配がない。

 きっとあのままカオリさんと
デートにでも行ったのだろう。

 ちなみに俺は、カギをかけてトイレに
一時間ほど隠れていた。

 丁寧なリョウらしく、便器には水垢汚れ一つすら
見当たらず、微香性の芳香剤が心地よくて、
狭いが割と快適な隠れ場所だった。


 姉ちゃんが、ちょうど今の俺と同い年くらいの時、
俺はまだまだ、ちっこいガキンチョだった。

 そのころの俺は我が強く、年の離れた
姉ちゃんと、しょっちゅうケンカしていた。

 一度も勝てたことなんて無い。
姉ちゃんはガキの俺に対して容赦しなかった。

 おやつの奪い合い、ゲーム機の奪い合い、
ストーブの前に座る権利の奪い合い、などなど。

 ゲームなんて俺が全く興味無いような、
RPGのレベル上げを延々とされられていた。

 反抗して、かかっていっても体格が違う。
肉体的にも精神的にも叩きのめされた。

 肉体的に叩きのめされ、意識はあるけど動けない状態。
そんなとき、姉ちゃんは俺の服を脱がせ、丸裸にした。


 そしてテーブルに置いてあっためんぼうを一本取った。


 とにかく怖くて嫌で、泣き叫びながら何度も何度も謝った。
動けない体ながら、必死に許してくださいと懇願し続けた。

 でも、姉ちゃんはそんな俺の必死さすら、心の底から
楽しんでいるかのように、めんぼうを俺の尻穴に入れた。

 得も知れぬ感覚に、不覚にもアレが反応し、
姉ちゃんは、それを指ではじきながらゲラゲラ大笑い。

 その日から、俺は姉ちゃんとケンカしなくなった。

 姉ちゃんが恐ろしくて、よくトイレにカギをかけて
隠れていた。まぁ家だとすぐに母ちゃんに怒られるけど。

 でも反抗的な態度さえ取らなければ、姉ちゃんは優しかった。
横暴だったけど、なんだかんだ言って、よく面倒を見てくれた。

 まぁ、わざわざ俺の顔に向けて屁をするのだけは、
正直、臭いから、本気で止めてもらいたかったけど。

 あと、姉ちゃんが入った後のトイレもメチャクチャ臭くて
その時だけはトイレに隠れようなどとは思わなかった。


 トイレの小さな窓から響く雨音は
まるで俺の心境を表しているかのようだ。

 とはいえ空腹を思い出すまでには落ち着いている。
俺はトイレから出て、自分の荷物をまとめることにした。

 荷物を置いていた寝室に戻ると、一時間ほど前に
俺が睡眠に使っていた布団が目についた。

 昨日の夜、リョウがわざわざ押入れから
引っ張り出してくれた、来客用の布団らしい。

「リョウ……」

 リョウは普段、あまり友達を家に泊めることは
無いようなことを言っていた気がする。

 俺の家の場合、姉ちゃんも俺も割と友達を泊めるし、
その時は大抵、母ちゃんに一言いえば全部やってくれた。

 友達が泊まるといえば、「何人」と質問され、
その人数分のメシの準備や布団の準備が自動でされる。

 それで俺や姉ちゃんの分のメシや小遣いが
減ることなんて無いし、親父だって俺や姉ちゃんの
友達が家に泊まると、喜んで歓迎してくれた。

 次の日の友達の朝メシも当然のように作ってくれるし、
友達が眠っていた布団も、いつの間にか片付けてくれる。

 わりとノリだけで昨日泊まると言ってしまったが、
一人暮らしのリョウにとっては大変だったと思う。

 リョウがそれなりに倹約生活しているのは知っていた。

 それなのに急に泊まると言って、
タダメシ食わせてもらって、布団の準備もさせて……。

 俺自身はメシの準備すら手伝えずに邪魔してしまったし。

(使った後の布団って、普通は洗うものなのか?)

 洗ったりするなら、押入れにしまうのは逆に迷惑だろうし
そのまましまうものなら、出しっぱなしのままじゃダメだ。

 とりあえず、判断に迷った俺は、俺なりに丁寧に畳んだ。


 その時、リョウのベッドの下に
薄っぺらい本があるのを見つけてしまった。


 昨日の夜はリョウと遊ぶのが純粋に楽しくて
ベッドの下検査を敢行するのをすっかり忘れていた。

 思春期の男のベッドの下に置いてある本。

 それは彼女のいない男にとっての必需品だ。
勿論、俺だって、密かにコレクションしている。

 とはいえ、実は小心者の俺が持っているのは、せいぜい
この町の大人気モデル「Kasumi」のグラビア写真集くらいだ。

 グラビアとはいえ、スタイル抜群で超絶美人なKasumiの
写真集なら、毎晩のお供本として申し分なかったけどな。

(……って、それをリョウも持ってるってドユコト?)

 カオリさんみたいな彼女がいたとしたら、
俺ならコレクションすべてを彼女居ない組みの
男友達どもに、景気よくプレゼントして回るだろう。

 俺はベッドの下から、その薄っぺらい本を手に取った。

 途端に俺は、その表紙イラストの美しさに目を奪われた。

 姉ちゃんが昔読んでいた少女マンガを
こっそり読んだときのことを思い出す。

 少女マンガ風のタッチのイラストだけど洗練されている。
明らかに市販の少女マンガよりも高いレベルのイラストだ。

 食い入るように中身も読んでしまった。

 山場もなく、オチもなく、……そして意味もない内容。

 性描写こそ無いが、美少年同士が相思相愛な関係で
キスをしあったり、抱きしめあったりするだけのもの。

 いかなる経緯で美少年同士が相思相愛になったのか。
そんな説明さえ無く、薄っぺらい絡みだけしかない。

 なのに、なんでだろうか涙が出てきた。感動した。

 俺はどんな形であれ愛を否定したりなんかしない。
その愛が他者に迷惑をかけないものだったとしたら。

 この美少年たちの相思相愛の成り行きは説明されてない。
でも、きっとそれだけの理由があったに違いない。

 男同士では当然のごとく、子供を産めない。
世間からも白い目で見られるかもしれない。

 でも、この二人はその道を選んで……幸せそうだった。
それがたまらなく羨ましくて、いつの間にか俺は泣いてた。

 ハンドルネーム、琴桜。俺はその名前をメモした。

 そして、おそらくはリョウにとって大切な本だと
思えたので、そっと元の位置に戻しておいた。

 ぶっちゃけて言ってしまえばホモのマンガ本だ。

 理解できない人のほうが多いだろうし、
下手したら、この本がリョウを知らない
他人にばれたら軽蔑対象にもなりえる。

 たとえ俺の片思いの相手の彼氏だからといっても、
リョウは俺にとって親友であり、その人権を尊重する。

 むしろリョウのこういった素晴らしい作品を
見抜く洞察力に、深い共感を覚えずにはいられなかった。


 荷物をまとめた俺は、ふらりとダイニングに向かった。
昨日、リョウが俺の分までメシを作ってくれた台所。

 そこにすっかりぬるくなってしまった卵があった。

「リョウ……おまえってやっぱり最高にイイ奴だよ……
 そんなリョウだからカオリさんも好きになったんだろうな」

 俺はその卵をそっと冷蔵庫にしまい、玄関へと向かった。

 後ろめたく思いつつも、俺はカギをかけずに帰った。
それがリョウをどん底に落とすことになるのを知らずに。




// 僕→私


 雨の中、僕は手に持つ傘を開かず、いまだに走っている。

 生まれ育った町中を走り回り、カオリさんを探した。
まだ見つかっていないので、いまだに走り続けている……。

 水を吸った服はずっしり重く、足は既に棒のようだ。

(それがどうしたって言うんだ!)

 僕の浅はかさが一人の女の子の心を深く傷つけた。

 彼女の傷口に冷たい雨が染み込む前に、
僕の傘で守ってあげないと。そう、男なら!

 すでに限界を超えている体を気力だけで動かし、
水をすった服も、足から上がる悲鳴も無視して走る。

 既にガタガタの足はいうことを聞いてくれず、
バランスを崩してあっさりと転んでしまった。

 固いアスファルトに打ち付けられるが、
腕の中の傘だけは死守した。

 おかげで左肩に激痛が走った。
ちょうど通りかかったトラックが道路の泥水を
倒れている僕へと容赦なしにぶっかける。

 それでも僕は立ち上がり、走った。

 走って、走って、日が暮れるまで走って……。


 結局、最後には諦めた。


 いくら身を粉にして探しても、
僕にはカオリさんを見つけられなかった。

 ゲームやアニメ、漫画などなら、主人公が一生懸命探せば
神……つまり制作者がそれに応えドラマティックに見つかる。

 でも、リアルは物語のようにはいかない。

 何の策もなしにあてずっぽうに探し回っても
最初から見つかるわけなんて無いじゃないか!

 ……なんて言い訳しても仕方がない。

(結局は僕が弱いのがいけないんだ……)

 僕は手に持つ傘も差さずに、とぼとぼと帰った。




// ?→僕


 その少女はタバコをくわえながらリョウの部屋の扉を開けた。

「ラッキー。あの女男、案外不用心ね」

 煙交じりの息を吐き出しながら、土足で部屋に上がる。

「うっひょ! 女男のくせに案外もってるじゃん」

 とある場所に巧妙に隠されていた封筒には、万札が数枚
入っていた。少女はそれを封筒ごと自分のバッグにしまう。

「これだけ軍資金があれば餃子もキムチも食べ放題ね。
 そしてコアミはKasumi様に最も近いモデルになる!
 まずはKasumi様が所属してるモデル事務所を探さないと」

 少女はリョウの部屋から立ち去った。




// 僕→?


 やっとの思いで帰ってきた僕は、なぜか
部屋の明かりがついていることに気が付いた。

 しかしすぐに消え、代わりに部屋から誰か出てきた。
最初はそれがシンヤ君ではないかと思ったが、違った。

 物陰にこっそり隠れて様子を伺った。


 そして唖然とした。


「小沢……さん?」

 幼少のころのトラウマを見間違えるはずがない。
もうすでに何年も遭っていないけど、あれは小沢さんだ。

 僕より年下のはずなのにタバコを吸っている……。

 怖い……。しかし、恐怖の根源は
僕には気づかずに去って行った。

 僕はホッと胸をなでおろし、部屋へと戻った。

 部屋へと戻ったとき、違和感を感じた。

「タバコの臭い……」

 僕は後ろ手でカギを閉め、念のために確認した。

「嘘っ! ……無い。僕の生活費!」

 家賃、光熱費、水道費、食費……。

 両親の唯一の良心である生活費を入れた封筒が、
巧妙に隠してあった場所から封筒ごと無くなっていた。

「まさか……小沢さんが……」

 不快なタバコの臭いに包まれながら、
僕は顔から血の気が引き、呆然と立ち尽くしていた。




// To be continued


あとがき


はじめに、やっちゃいました(てへり)

どうもおそくなってすみません。
たつにいです。

なんか書くたびに執筆期間とボリュームが
大きくなってしまいます。

僕の悪い癖ですね。

でも、ここまで読んでくれてうれしいです。

このペースなら、とりあえず第十話くらいで終わるんじゃね?

とりあえず、さらなるムチャ振りをサイトくんに投げるので
しっかり受け止めてあげてくださいなー。


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