リレー小説「僕⇒俺⇒私⇒そしてボク」
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// 僕⇒俺⇒私⇒そしてボク 第四話
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// 執筆者 たつにい
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数時間ほど前にドレッシングルームの大きな鏡で見た
僕自身のコスプレされた姿を思い出す。
それは僕の面影を残しつつも僕ではなかった。
前髪で隠していた、つぶらな瞳があらわになり、
もともと女っぽい顔つきは薄化粧で完全に女になり、
頭もウィッグで少し長めのゆるフワなヘアーになった。
だから僕は、この姿とともに内面も着飾ればいい。
僕の内面を成形する何かが壊れたような気がした。
そして、僕とはまったく異なる「ボク」を呼び起こした。
// 俺→ボク
俺の後ろからの声に、ひらりと振り返った
その女の子は、ものすごい美少女だった。
フリルを多くあしらったドレスが憎らしいほど似合っている。
つぶらな瞳に華奢で白い肌。
おそらくカツラだろうか、幻想的な色合いの、
ゆるフワヘアーなのに、何故か違和感が無い。
端正な顔立ちをメイクアップで完全に引き立たせている。
おそらく、元が良いから薄化粧で十分に魅力的になるんだろう。
今までの俺なら、こんな美少女に話しかけるなんて
考えただけで緊張し、ガチガチに固まってしまい、
まともに思考することすら出来なかったと思う。
でもこの子には普通に話しかけることが出来た。
理由は二つほどある。
一つは、図書室で出会ったボタンを縫ってくれた女の子。
彼女を意識するようになってから、ほかの女の子に対しての
関心がかなり薄れたみたいで、緊張しにくくなった。
そして二つ目は、なんだか理由は分からないけど、
目の前の美少女は何故か慣れ親しんだ、一緒にいるだけで
安心できるような、癒し系の雰囲気を感じたからだ。
目の前の美少女は、いきなり俺に話しかけられたからか
少しだけ、おびえているかのように縮こまっていた。
でも、そんな第一印象を吹き飛ばすように、
いきなりハイテンションにポーズをキメた。
「オッス☆ ボク、ふりふりフリルのアーマイオニーだよっ♪」
半ばヤケクソ気味にキャピキャピした声とポーズの
アーマイオニーさん(おそらくハンドルネーム)に、
俺は驚愕のあまり絶句した。
でも、そんな俺などお構いなしに、アーマイオニーさんは
俺が手に持っているデジカメを、まるで指でピストルを
撃つかのようにビシィ! と指差して続けた。
「ボクをカメラで撮りたいの? じゃあ……
可愛く撮ってくれないと、承知しないゾ☆」
キラッ☆ と効果音まで鳴りそうなポーズ。
ものすごく似合っているし可愛いのだが……。
「――あ、いや、あの……」
あまりのテンションについていけずタジタジと
なっていると、何者かに横からぐいぐいと押され、
写真撮影のベストポジションを奪われてしまった。
「萌えーっ! 今の最高に可愛いっす!
激写するんでもう一度アンコールっす!」
「キャハ☆ 撮って撮ってぇ♪」
気が付くとアーマイオニーさんはあっという間に
カメコ達に囲まれてフラッシュの嵐を浴びていた。
アーマイオニーさんがポーズをキメるたびに
カメコ達は歓喜の声をあげ、シャッターを切る。
「これは――俺には荷が重過ぎる……かな」
完全に出遅れた俺は結局、カメコ達の間に割り居る
ことができず、彼女を撮るのを諦めることにした。
// 僕→ボク
『本当は女の子が欲しかったのに……』
それは両親から容赦無しに与えられた、僕への呪いだった。
綾と書いてアヤと読む名前……。
それが産まれる前から僕に与えられるはずだったもの。
両親は母体から元気で可愛らしい女の子が
産まれてくるのだと、長らく期待していた。
ベビー用品も幼児のおもちゃも産まれる前から
全て、女の子向けのアイテムをそろえていた。
けっして裕福ではない早崎家では、産む子供の人数は
一人だけと決めていたらしい。それも女の子を望んで。
『はぁ? 何で男の子なのよ!』
何故か覚えている。母親が産まれたばかりの僕を
抱き上げたとき、初めて僕に話しかけた言葉だ。
綾と書いてリョウと読む名前……。
それは「とりあえず適当でいいから男の名前を考えないと」と、
本来の名前の呼び方を変えて、適当に付けられたものだった。
そして僕は「親としての責任」のみで、育てられた。
新しく男の子向けのベビー用品やおもちゃに
買い換える余裕など早崎家にはなく、男の子なのに
女の子の衣服などを着せられながら成長していった。
僕はただ両親に愛して欲しかった。
だから、どこの子よりも良い子にしていた。
そして両親に聞いてみた。
なぜ女の子が欲しかったのかを……。
結果、女の子は素直で聞き分けもよく、
家事も手伝ってくれるし、何より可愛らしいとの事。
だから僕は素直で聞き分けよくしたし、
幼い頃から母親に家事を教えてもらい
ずっと手伝ってきたし、可愛らしくあろうとした。
周りに居る、どの女の子よりも素直に、
家庭的に、可愛らしく振舞う努力をした。
両親は少しだけ喜んでくれた。最初だけ……。
結局、僕は男の子というだけで愛されなかった。
それが分かったのは、住んでいたアパートの隣の部屋に、
一人の女の子と、その両親が引っ越してきてからだ。
その女の子の両親は二人とも大のギャンブル好きで、
頻繁にその女の子を早崎家に預け、パチンコ屋などに
二人で出かけていた。
その女の子は僕より一つ年下で、僕の両親は
間違いなく僕以上に、その女の子へと愛情を注いでいた。
こんなこと言っては失礼かもしれないが、
その女の子は、ものすごいワガママで欲張り。
もちろん家事なんて出来ないし、やろうともしない。
でも、大人にゴマをするのが得意で
容姿も可愛らしいため、早崎家の両親は
その女の子をもてなすために色々とつくした。
僕が少ないお小遣いを溜めて買っておいた
おやつのプリンを両親が僕に無断でご馳走し、
僕のお小遣いの数倍の金額を手渡していた。
母親の言いつけでジュースやお菓子の買い物をさせられ、
僕自身はそれらを一口も食べさせてもらえなかった。
しかも、そのお金は僕が親戚達から受け取ったお年玉を
母親に預けていた封筒から取り出されたものだった。
その光景を僕が見つけたとき、父親はこう言った。
『隣人は家族全員でもてなすものだ。
勿論、お前も例外ではないんだぞ』
――結局、両親が求めていたのは女の子だったのだ。
女の子らしさなんて何の意味もなかったんだ……。
そう理解したとき、僕は男の子に戻ろうとした。
男の子の手本は友人の海堂信也(かいどうしんや)君。
シンヤ君は子供の頃から格好よくて優しかった。
そして運動神経バツグンで、すごく男らしかった。
でも、僕はそこまで男らしくはなれなかった。
ずっと女の子らしくあろうとしてきた僕は
既に女の子としての土台が出来上がっていた。
自分のことを「俺」とは呼べず、
控えめに「僕」と呼ぶので精一杯。
それでもシンヤ君を目標にするため、
彼を一つ一つ知るうちに、その一つ一つに
胸のときめきを感じてしまうようになっていった。
理解したときには、僕は男でありながら、
男のシンヤ君を恋愛対象として好きになっていた。
両親のこと。シンヤ君のこと。
僕はそれらに悩むとき、色々な妄想をする。
その妄想の一つに「もし僕が女の子として
産まれてきたら」が、無いわけが無かった。
もし僕が女の子として産まれてきたら、
両親に愛され、ちょっとワガママだけど
元気で明るい女の子に育っていたと思う。
そして友人のシンヤ君と楽しく遊んでいるうちに
異性として彼を意識し始めて、恋に落ちると思う。
後ろめたいことなんて何もない。女の子が身近な
男の子に恋をするなんて、何もおかしくなどない。
僕が「僕」以外の一人称を使う姿は想像できないから、
自分のことは可愛らしく「ボク」と呼ぶことにしよう。
両親が産まれる前から一生懸命考えてくれた、
綾と書いてアヤと読む名前も堂々と受け取れる。
そんな幸せな妄想を一人夜な夜な続けているうちに、
アヤは僕の心にひっそりと住み着いてしまっていた。
だから、さっきシンヤ君の前で、あそこまで
普段の僕とは違う「ボク」を着飾ることができた。
別に二重人格などという、たいそうなモノではない。
アヤは僕自身。そう在りたいと願った女の子としてのボク。
でもシンヤ君は、綾と書いてリョウと読む
僕の名前の由来を知っている。
だからアヤという名前を言うのが怖くて、
思わずとっさにアーマイオニーと名乗った。
これでも長年、彼を見続けてきた僕だからわかる。
彼は僕とアーマイオニーを完全に別人として見ていた。
結果が全てだ。彼にはバレていない。
僕はボクを着飾りながら、心の中で安堵していた。
それと同時に僕は自己嫌悪に陥っていた。
彼にはバレていないが、彼の前での僕を変えてしまった。
いっその事、二重人格だったのなら、ボクのせいに
すればいいだけなのに、僕もボクも、どちらも僕自身。
僕は僕自身の意思で、彼の前でボクに変わった。
その事実が僕自身をがんじがらめに締め上げる。
// 俺⇒私
惜しいことをしてしまった。
さっきのアーマイオニーさんは間違いなく
俺の姉ちゃんが気に入るタイプの美少女だ。
俺は姉ちゃんに奢ってもらうために
こうしてデジカメで女の子の写真を撮っている。
報酬が用意されているのだから、
その報酬に見合う分だけは働くつもりだ。
アーマイオニーさんなら、その写真一枚だけで
十分に姉ちゃんを満足させられたと思う。
まぁでも、過ぎてしまったことを
悔やんでも仕方の無いことだ。
俺は他に姉ちゃんの嗜好にあう可愛い女の子を
ぶらぶらと歩きながら探していた。
その途中、先ほどのアーマイオニーさん以上に
カメコ達が群がっている人口密度過多地帯を見つけた。
「……TOAのテアがいる」
興味本位で覗いてみた先にはテアが居た。
TOAは親友のリョウに借りてプレイしたことがある。
俺はとりあえずゲームはクリアした。
ちなみにリョウはコンプしたらしい。
まるで、TOAの世界からリアルの世界に
連れて来られたかのような美少女がそこに居た。
格が違うと思った。ケタが違う。ランクが違う。
周りのカメコ達の数もすごいが、何よりすごいのは、
彼女はテアであってテアではないところだ。
どうやって作られてるのかは分からないが、
衣装はやたらとリアリティがある。
長モノはご法度なので杖は持っていない。
髪型は完璧テアなのに髪の色はなぜか黒髪。
なのにカラコンをしてるのか、瞳はブルー。
凛とした立ち振る舞いはテアそのものだ。
しかし、そこに無口で冷たい印象は無い。
彼女を取り囲んでいるカメコ達一人一人の
要望にこたえてポーズをとったり、
挨拶や握手も心からの笑顔で対応している。
あそこまで徹底しているのなら、髪の毛を
染めるくらい、どうってことはないだろうけど、
彼女は、おそらく地毛の、キラキラと輝く黒髪。
でも、それがいい。
TOAのテアと髪の毛の色が違うのに、
TOAをプレイしたことがあるなら誰でも
彼女を一目見ればテアだとわかるだろう。
むしろ、あのサラサラでツヤツヤな黒髪が
彼女のシンボルなのではないかと思われる。
でも、彼女の魅力は髪の毛だけではない。
――というか、彼女には「欠点」が無かった。
ゲームやアニメなら、それは当たり前かもしれない。
そしてテレビに出演するような超人気のアイドルなら、
「欠点」のない容姿の女性も居るかもしれない。
でも、彼女はそうではない。目の前にたしかに居る。
顔のパーツも全てが整っていて、スリムな体形なのに
出るところはキチンと出ているという、反則的なスタイル。
各パーツのレベルが高いと、そこに普通が一つ
混ざるだけで、それが無駄に目立ち、欠点になる。
でも、その普通すら無く、目に見える全てのパーツが
ハイレベルで、その中でもストレートの黒髪は最上級だ。
そんな最上級の女性が、群がるカメコ一人一人に
感謝の気持ちのこもった笑顔を振りまいている。
決して営業スマイルなんかではない。
彼女は心から感謝の意を示している。
そこに打算など無い。
きっと彼女は知っているのだろう……。
彼らがいるからこそ、このイベントが成り立っているのだと。
あの容姿を保つために、彼女はいったい
どれだけの努力を行ってきたのだろう……。
年齢的には自分と同い年くらいに見えるのに。
努力家でもあり、カメコ達に心から感謝できるほどの
内面的な美しさまで兼ね備えている最上級の美人。
その彼女の温和な笑顔が、なぜかあの笑顔と被った。
「視線こっちにくださいー」
俺の手前に居たカメコが彼女の視線を求める。
ギクッとした。ヤバい――それはヤバい!
彼女がこちらの方向を振り向く前に、
俺はカメコ達の影に隠れ、彼女の視線に
入らないように、その場から出来るだけ離れた。
道行く人にぶつからない程度にいそいそと小走りで。
「何で――何でなんだよ……」
ドキドキバクバクと心臓の動機が止まらない。
この締め付けられるような切なさを、俺は知っている。
途中、トイレを見つけたので、そこに駆け込む。
そして、洋式トイレの個室にこもって鍵を閉めた。
たまらず俺は、ポケットから手帳を取り出して開いた。
付箋を貼った、そのページには「美芳香織」と書いてある。
「カオリさん……俺、どうしちまったんだ?」
図書室のあの女の子が借りた本の図書カード。
そこに丁寧な字で記された名前。それをメモした。
無論、頭にも刻み込んである。なぜなら、
それが俺の惚れた女の子の名前なのだから。
香織と書いてカオリと読む名前。
それ以外の読み方は、まず無いだろう。
ありふれた名前だと思う。でも彼女にふさわしい。
名前の意味を考える。すると彼女の髪から香る
柔らかなトリートメントの香りと、器用な手先で
織物を編み上げる姿を感じ取ることが出来る。
本気で惚れてしまったと親友のリョウに報告までした。
にもかかわらず、俺はカオリさんに対して感じた感情を
先ほどのテアのコスプレイヤーにも感じてしまった。
二人の女性に惚れてしまった……。
俺は惚れた女の子と付き合うことが出来たのなら、
絶対に浮気だけはしないと、心の中で誓っていた。
なのに俺の気持ちは、付き合う前から浮気してしまった。
しかもチラリと見ただけなのに、一目惚れ……。
(これで本気で惚れたなんて、よく言えたもんだな……)
自分で俺自身を殴りたいと思った。まぁ実際は、
んなことしないが、心の中で俺自身を殴り飛ばした。
(忘れろ、海堂信也! あんな超絶美人、高嶺の花だ。
や、カオリさんも決して劣っているワケではないけど
俺にはカオリさんくらいの女の子が丁度良いだろうが!)
自分に言い聞かせる。あのテアのコスプレイヤーに
感じた切なさは、所詮はテレビの奥の超人気アイドルや
アニメのヒロインに対する熱病みたいなものであると。
でも……。
だったら、彼女のファンの一人になるくらいなら、
カオリさんも許してくれるだろうか?
まぁ、そもそもまだカオリさんと
友達にすらなっていないのだから、
現時点では許されるに決まっているのだが。
「さっきのテアのコスプレイヤー。
なんていう名前なんだろうな……」
// 私⇒僕
「ごめんね、今日は。私から誘ったのに……」
「いいって。僕は僕で楽しませてもらったし」
リョウくんがコス衣装から私服に着替え終わった。
場所は勿論、いつもごひいきにしてくれる
コスプレ専門店の貸切ドレッシングルーム。
結局、二人でイベント会場をまわることはできなかった。
イベント会場に行く前も、ここのドレッシングルームで
私とリョウくんが着替え、さらに薄化粧もさせてみた。
元々、美少女顔だから化粧をせずとも可愛いのだが
私のメイクアップテクなら雰囲気をチェンジできる。
普段とは違うリョウくんも可愛くて素敵だった。
リョウくんは初コスイベなので、あえて特定のキャラの
コス衣装ではなく、黒地に白いレースの付いた、
ふりふりフリルの可愛いドレスを着せてみた。
もちろん、似合っているに決まっている。
そして私も気合を入れてTOAのテアのコスで
今日のコスプレメインのイベントに参加した。
でも問題は、私がそれなりに人気のコスプレイヤーであり、
リョウくんも薄化粧とドレスアップで可愛くなりすぎた事だ。
私達は二人とも、ひっきりなしにカメコ達から囲まれ
シャッターとフラッシュの雨をあびせられ、
一緒にイベント会場をまわるヒマなど全く無かった。
まぁ私はカメラのシャッターとフラッシュを浴びるのが
大好きだし、レイヤーよりも多額の参加費を支払ってくれる
カメコ達のおかげで成り立つイベなので感謝してるけどね。
リョウくんと一緒に居たいなら、別にイベでなくとも
こじ付けの理由さえ作れば、いつでも会えるのだから。
「それにしても熱気がすごかったね。
僕、結構汗かいちゃったから、この衣装は
クリーニングに出してから返すね」
「いいのいいの。クリーニングには私が出しておくから。
元々私がリョウくんに無理言って参加してもらったんだし
コス衣装をクリーニング出すの恥ずかしいでしょ?」
「確かにそうだけど、いつも頼ってばっかで悪いよ……」
「大丈夫! ここの店、コス衣装のクリーニングも
やってるし、私なら格安でクリーニング出せるから
リョウくんが気にする必要なんてないよ。だから任せて」
リョウくんは本当に申し訳なさそうな顔をしているけど
少々強引に衣装を受け取ると、素直に引き下がってくれた。
リョウくんは優しすぎるから遠慮して
無茶なことをしてしまうことがある。
特に金銭的な面では苦労しているらしい。
リョウくんはちょっとした事情があり、
現在はアパートで一人暮らししているとの事。
私はオタク友達の同人即売会の手伝いや
モデルやってる姉のコネで匿名のゲストモデルとか
やったりして、それなりに稼いでいる。
だから学生にしては金銭的に余裕がある。
私にとっては大したこと無いクリーニング代も
リョウくんにとっては少し苦しい金額かもしれない。
「それと私、今日はこれから他のレイヤー仲間達と
会う約束があるから、リョウくんは先に帰ってて」
「あ、これから約束があるんだ。着替えるのに
結構時間がかかっちゃってゴメン……」
「ううん、大丈夫。でも、私もこれから
着替えるから、先に帰ってていいよ。
……それとも私が着替えるとこ見ていく?」
「バッ……バイバイッ!」
脱兎のごとく逃げ帰っていくリョウくん。
予測はしてたけど、そう反応されると寂しい。
リョウくんになら見られても良いのに……。
一人になると、この部屋は急に静まり返る。
私は扉の前に行き、ガチャリと内鍵を閉めた。
嘘は言っていない。
レイヤー仲間達と会う約束があるのは本当。
でも、その約束の時間まではまだまだ余裕があった。
さらに言えば「遅れるかもしれない」とも伝えていた。
私は馴れた手つきで自分が着ているコス衣装を脱ぐ。
あっという間に下着だけになり、脱いだコス衣装は
シワにならないよう、丁寧にハンガーにかけた。
そして少し汗ばんだ下着もスルリと脱ぎ捨て、
何も身につけていない産まれたままの姿になる。
最後に、ハンガーにかけられたコス衣装を手に取った。
でも、それは先ほどまで私が着ていたコス衣装ではない。
これはリョウくんが先ほどまで着ていたコス衣装だ。
(ゴメンね、リョウくん。今だけは許して……)
計画は前々から考えてはいた。
でも決行するのは今日がはじめて。
それは、コス衣装に染み込んだリョウくんの
汗のニオイを思いっきり嗅いでみる事だ。
私はデオドラントで汗のニオイを抑えているけど
そうでなければコス衣装に汗のニオイが染み込んでしまう。
矛盾していると思う。
私は自分の汗のニオイなんて嗅がれたくない。
それでクサイなんて思われたら絶対にイヤだ。
でも大好きなリョウくんの汗のニオイを嗅ぎたい!
たとえ、どんなに汗くさかったとしても、
それがリョウくんのニオイなら私は興奮すると思う。
現に今、私は胸の高鳴りを押さえられない。
裸でいることもあるかもしれないが、
リョウくんの弱いところを私だけが知れる。
それがたまらなく嬉しくて、同時に切ない。
男子に女キャラのコスプレさせるのもおかしいのに、
汗のニオイを嗅ぎたいなんて私の趣味は逸脱している。
こんなことしてるなんて知られたら
リョウくんに嫌われるかもしれない。
でも、衝動は抑えられなかった。
(ゴメンね、ゴメンね……)
私は大きく息を吐き、衣装のわきの下あたりの
すこし生暖かく湿った箇所に顔を埋めて、嗅いだ。
嗅いでしまった。
しかし、想像に反して鼻腔が感じたのは
ほのかに甘い、青りんごの香りだった。
(これって、シーファ・ブリーズの
グリーンアップルの香りじゃないの)
シーファ・ブリーズはパウダーインタイプの
体に直接ぬる、デオドラント・ウォーターだ。
もちろん炭酸ではないのである。
(まったく……鈍感な上に隙も無いんだから)
でも、つまりはこれがリョウくんの香りなのだ。
私はリョウくんが着ていたコス衣装を
下着も付けずに、そのまま着てみた。
(まだ、リョウくんの体温が残っている……)
グリーンアップルのかすかな香りとともに、
私はコス衣装ごしに彼の体温に包まれた。
彼のサイズぴったりに合わせたから、
バストが少しキツくて、締め付けられる。
でも、その程よい胸の締め付けが、まるで彼に
抱きしめられているかのような錯覚を覚えさせる。
(これヤバい……クセになりそ――)
私は「遅れるかもしれない」という予測どおり、
レイヤー仲間達との約束の時間に遅刻してしまった。
// 私→俺
すっぴんにも利点がある。
授業の合間の短い休み時間。しかも今日は
授業が少し、長引いてさらに短くなっている。
だから私はバッグから地味なポーチを取り出し、
いそいそと小走りで女子更衣室へと向かった。
今日のこの時間の休み時間は、どこのクラスも
体育が無いため、女子更衣室には誰も居ない。
だから人目を気にせずスキンケアが出来る。
そう。すっぴんなら、いつでも手軽にスキンケアが可能。
私のバッグにはポーチが二つ入っていて、
おしゃれポーチにはコスメアイテムと香水を、
地味ポーチにはスキンケアアイテムと生理用品、
微香性のデオドラントスプレーを入れている。
まぁ、大掛かりなスキンケアアイテムと
ヘアケアアイテムは自宅の洗面所に置いているけどね。
携帯しているスキンケアアイテムはせいぜい、
あぶらとり紙や化粧水、美容液、クリーム等だ。
でも、大切なのは定期的に継続すること。
そうすれば常に肌を万全な状態に保てる。
だから私は廊下を小走りに急ぐ。
授業で長引いた分の時間を取り戻すために。
でも、前方不注意はいけなかった。
「きゃっ!」
廊下の曲がり角で体格の良い男子にぶつかってしまった。
男子のほうはビクともしなかったが、私はぶつかった拍子に
バランスを崩し、そのまま地面へと倒れそうになる。
でも、男子がとっさに片手で私を抱え込んでくれた。
しかも、まるでお姫様でも抱えるかのように優しく。
「す、すまん! 痛くなかったか?」
明らかに私の不注意でぶつかったのに、
この男子は私に謝り、心配までしてくれる。
どんな優男だろ? と思いながらその顔を見上げてみた。
「「あ……」」
ぶつかってきた私を優しく抱きかかえてくれたのは、
長身短髪インテリメガネのイケメン図書委員である
カイ大佐(私が心の中で勝手に呼んでる)だった。
// To be continued
あとがき
はじめに、やっちゃいました(てへり)
書くのが遅かったのもやっちゃいましたし、
文章量がハンパネェのもやっちゃいましたし、
読んだなら分かるとおり内容も……(以下略)
でもでも楽しみながら書かせてもらいました。
さてさて、色々と設定が追加されました。
アーマイオニーちゃん、出しちゃいました☆
ぶっちゃけジョークネタだったけど森岡美樹さんの
反応が良かったので、元々あったプロットを捨てて、
アーマイオニーを登場させる話に書き換えました。
そしてリョウくんなのですが、現在はアパートで
一人暮らし。隣の女の子およびその両親も、
リョウくんのご両親も今は居ません。
リョウくんは家事スキルがやたらと高いです。
だから一人暮らしも余裕だったりします。
使うかどうか分からないけど、
シンヤの姉の名前を考えてみました。
海堂友美子(かいどうゆみこ)なんてどうでしょう?
きわめて普通っぽい名前にしました。
リョウくんはユミコさんと呼び、アヤちゃんと呼ばれます。
シンヤは姉ちゃんと呼び、弟やシンヤと呼ばれます。
最後に、タイトルに注目してみてね(笑)
サイトさんにキラーパスおくったので、
続き、頑張ってくださいねー。
●第三話へ戻る 森岡美樹さん
●第五話へ進む 神村サイトさん
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